東海林令子の「最近のこと」  じつは、ミステリアスでマジカルな DNAツアー ご案内なのです。


『もし、フネさんが70集まったら ?』
 愉快なタイトルの出版企画 ( ブレインワークス ) からオファーがあり、原稿を綴りました。もちろん「フネさん」とは、サザエさんのお母様。『もし、77歳以上の波平が77人集まったら? 私たちは、生涯現役 ! の企画がブレークし、その続編ということなのでしょうね。以下は、掲載された原稿です。(ご笑覧くださいね。)

 

東海林令子
   私は、虚弱体質で子どもは産めないとの保証付きで結婚しましたが、幸い4人も子どもを授かることが出来ました。(昭和55年頃) ところが、一人産むたびに病気で苦しみました。 そんなある時寝ている明け方に、どこからともなく声がするのです…「時間がない、時間がない、あなたの仕事は発展させる。されど私欲の為に金は使うな。」という言葉が毎朝どこからともなく聞こえてくるのです。
 この頃私は、十歳・九歳・六歳・四歳の子どもに、舅、姑と小姑の九人家族の世話で多忙を窮め、仕事とは無縁でした。ところが、数年後に健康食品販売の株式会社を設立。4人の子育てをしながら、月商1,200万円を計上する会社になり、いつか聞こえた言葉のとおりになっていきました。自分の意識の中に全くない言葉が聞こえてくるのです。これは天国か、地獄かはたまた自分の身体の中にある遺伝子からのメッセージのいずれかだと思いました。その後も遺伝子からのメッセージは届いています。
 でも、それと共に「いばらの道」も届けられてくるのです。
 

  平成元年には「自然と個人との一体化」「日本に古くからあるもので人助けをして、日本人のためになる会社を創りなさい。」の言葉が届き、二つ目の株式会社を設立し、 私はその言葉通り、大麦若葉を主原料にした青汁を作り、職域販売を行いました。
 しかし現実は厳しく惨敗でした。急遽デパートの展示販売や、ユーザー直結の通販へと切り替え、声も枯れる程の営業活動に明け暮れました。 また、ある日は「女性が、出産・子育てがしっかり出来る様、丈夫な身体作りをさせないと、日本はダメになる。」と、聞こえます。その言葉がずーっと続くので、私はまた、明けても暮れてもその事を考えました。

 そして、米離れをした日本女性が、御飯好きになってもらえるようなお米を作ることにしたのです。生命力が強く、白米より美味しく、手間のかからない縄文時代からの主食を現代に蘇えらせたのです。「古代米」を主原料にした日本初のブレンド米を、佐賀県で作ってもらいました。 次の大きな決断は、ある日見た「黒い靴の夢」から思わぬ展開となり、「バランスを崩した足裏から、全身のバランスも崩れ体調不良となる。」理論を学び、外反母趾ケアの『足裏しつけ教室』を開設して20年経ちました。 

 私に届いた多数のメッセージの中で一番の難問は、「宗教ではなく日本に古くからあるもので、人助けをしなさい。」という言葉でした。日本古来の「伝統的精神文化」を現代に伝え残す事だと考え、「社団法人GJF協会」(日本興しの会)を設立し、『このままでいいのか日本!もう一度見直そう日本!』を合言葉に私は、仕事をそっちのけでボランティア活動に励んでいます。

 税理士の息子から「もう仕事やめたら。」と言われますが、お客様が「やめないで!」と言ってくださるので、75歳の青春を謳歌しながらもう少し「お元気仲間」を増やしていきたいと思っています。 これからの日本女性は、出産・子育ての特性を噛みしめ、きめ細かい感性に磨きをかけて、全開でプロペラを回すのです。その音でDNAが目を覚まし、メッセージを送ったり、過去・未来の映像も見せてくれます。21世紀の女性は心豊かにして「マイ・DNA」と楽しく会話しているのではないでしょうか。

平成30年4月16日


東海林令子 略歴

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